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普段の生活の中でのちょっとした疑問から宗教の奥義まで様々な質問へのお答え
明るく生きてゆきましょう
No.1442 1999/11/05 (金) 01:14 富士宮市
世界人類が平和でありますようにQ.
本人が真剣に祈り求めていても、結果的には(今生では)伴侶が与えられなかった場合、本人の思惑に関係なく、独身でいることが天命になるのでしょうか。独身でいることが天命ではないけれど、祈っても見つからない人もあるのでしょうか。A.
本人が真剣に結婚を望み、神に祈り求めていても、結果的に今生で伴侶が与えられなかった場合、それは天命であったのかといいますと、そうではありません。天命とは、愛のみ心の神から授けられた聖なる善なる使命、光り輝く使命のことでありまして、病気になる天命、結婚できない天命、独身である天命、貧乏になる天命、孤独になる天命、不幸になる天命というのはありません。病気、独身、貧乏、孤独、不幸などは、すべて過去世の業因縁の消えてゆく姿であるのです。独身は、天命ではありません。特殊な例として、イエスキリストのように、独身を生涯通す天命を持つ人もいないことはありませんが、独身ばかりが増えたら、人類は滅亡してしまいますから、ほとんどの人の場合、独身であることが天命とは言えません。すべての人が結婚する天命を持っているのです。それにもかかわらず、現実に結婚できないのは、あくまでも本人の過去世の業因縁の消えてゆく姿と見るべきでしょう。そして、過去世の業因縁が消え去った時、はじめて結婚する天命を完うできるようになるのです。
独身でいますと、夫婦で争うこともありません。その意味では独身は平穏とはいえますが、淋しい孤独感の波に襲われることもあるのですから、独身でいるからといって、真の平安を得られるとはいえません。しかし、独身の苦しみを味わうことによって、過去世の業因縁が消えてゆき、魂が浄まってゆくのです。その人の過去世の業因縁によっては、どんなに神に祈っても、今生では業因縁が浄まり切らず、今生で結婚できない人がいるのですが、神に祈っていれば、来世では結婚できるようになっているのです。
業因縁が原因と申しますと、「それでは、私が結婚できない過去世の業因縁とは、どういう内容なのか?過去世で、どのような誤った結婚観を持ったのか?男女関係で何か失敗したことがあったのか?過去世で何人もの配偶者を傷つけてしまったのだろうか?過去世で女性に怨まれるようなひどい行為をしてしまったのか?何度も女性を裏切ったことがあったのか?」と過去世を探りたくなるかもしれませんが、そういうことを分析してゆきますと、自分を責めて暗くなってしまいますから、「何が原因かわからないけれども、これも消えてゆく姿なんだ」と思って、ひたすら「世界平和の祈り」を祈りつづけることです。
私も独身ですから、あなたの独身でいることの辛さは、身にしみて充分に理解できるつもりです。法然親鸞の時代には、今生で幸せを得られない戦乱の時代でしたので、「せめて来世は幸せに生きたい」と多くの人は思って、念仏を祈ったものでした。それと同じように、一度、今生の幸せをすべてあきらめて、来世の幸せのためと思って、「世界平和の祈り」を祈りつづけることです。そして、今は独身でなければできないことを探して、独身である長所を生かして、思う存分人生を楽しむことです。
人間は、諦めが肝心です。いずれは欲望を捨てて、今の自分にできないことは、できないこととして、諦めなくてはなりません。それに暗い顔をして、むっつりと黙って、クラ〜イ雰囲気をしていたら、誰も好きにはなりません。明るい雰囲気の男性を、女性は好きになるものです。独身でいても、明るく生きようと思えば、明るく生きることは、できるものです。一度すべてを諦めて神様に全託し、何も与えられなくても、「生きているだけでもありがたい」と神様に感謝して、明るく生きてまいりましょう。