西久保田んぼのあらまし
狭山丘陵
西久保湿地の大きさは、東西約50m、南北約300m程の細長い谷戸であり、周りは丘陵地となだらかな畑地が広がる。田んぼの上には小さな溜池が掘られ、ここにはザリガニやヌマエビ、ドジョウなども見られる。いつの頃かモツゴも繁殖し始めている。 左側には小川が流れ、トウキョウサンショウウオやゲンジボタルも見られる。溜池の上流は湿地が残され、ガマやアシが湿地を覆っているが、観察路なども整備され歩きやすい。最上流部の湿地にはハンノキが自生し、埼玉県の蝶「ミドリシジミ」が生息する。 |
|||
![]() 水田上流の溜池 湧水は水温が低いため、ここに一時溜めて水温を上げて田んぼへ供給。 |
![]() 溜池上流の湿地 ガマやアシなどの湿生植物で覆い尽くされる。 |
![]() 最上流部の湿地 木道の突端から先は、ハンノキが点在する湿地となる。 |
|
丘陵と萌芽更新 緑豊かな丘陵ではあるが、林内の木々は勢いをなくし、決して良好な状態とは言いがたい。本来、里山は人々の生活と密接な関係の上に良好な状態が保たれてきた。雑木は2、30年で定期的に伐採され薪や炭、シイタケのほだ木などに利用されてきた。私が小学生の頃は、クヌギやコナラも背丈が低く、ゼフィルスの採集も3本繋ぎの竹ざおで十分採集できた記憶がある。また、あちこちに「禿げ山」と呼んでいた赤土の露出した草木の生えていない明るい空地があり、このような場所の周りにはクロシジミが見られた。 それからすでに30年余り。現在はあちこちで萌芽更新に取り組んでいるが、伐採した切り株は新しい芽を成長させる勢いもなく、新たに苗木を補植しなければ林は蘇らないようだ。このような取り組みを継続していくことで、良好な雑木林が復活することだろう。いずれ、どこかで細々と世代を繰り返していたクロシジミなどが帰ってくればいいと願うのだが。 2003年1月には、田んぼの東側斜面の萌芽更新が行われた。今まで陽が当たらなかった林床からたくさんの植物がわれ先にと成長を競っている。翌年にはかなりの緑が回復し、その生命力には感心する。今まで気が付かなかった花芽をつけたヤマユリがあちこちに見つかった。ところが、しばらくすると一番大きなヤマユリがなくなっていた。残念なことである。 |
|||
![]() 開発か?いや、萌芽更新の理解を求める案内板。 |
![]() 伐採した雑木は何かに活用できないものか。 |
![]() 手前が萌芽更新した林、後ろの雑木はかなりの高木に。 |
|
雑木の活用 伐採されたクヌギやコナラは薪や炭、シイタケのほだ木などに利用できる。私が子供の頃までは、どこの家でも薪でご飯を炊き、風呂も点てていた。幹や枝だけでなく落ち葉も集めて堆肥にした。山の恵みは決して無駄にせず、里山を大切に守ってきた。そこには循環型の暮らしの原点があった。 現代の便利で合理的な文化生活には決して不満ではないが、どこかあわただしい昨今の日常生活より『DASH村』的生活にも憧れてしまう。そこには、自然と共生していく大切さと楽しさがあり、次世代へも伝えていかねばと感じるのである。 |
|||
![]() 薪小屋(Y氏宅) これだけの薪でも一冬では足りないという。周辺の皆が薪を暖房の燃料に使う生活に戻ったら、到底狭山丘陵の雑木では賄うことはできないだろう。 |
![]() 炭焼き窯 『緑の森博物館』に作られた窯。冬季に雑木や竹で炭を作っているが、風向きによっては、燻す臭いに苦情があったりと炭を焼くのも難しいようだ。 |
|