先日、栃木県日光市の「東照宮」と「大猷院」に行って来ました。
どうして徳川さんが、あの場所を選んだのか分かりませんが、立派な神社と御寺でした。

帰宅後、早速地図を広げました。

狭い所に神社・仏閣が多く有ります。

興味が湧いたのは家康さんの墓と家光さんの墓との関係です。
一見して位置も向きも
「アッチとコッチでバラバラ」です。
しかし、家光が尊敬していた祖父との強い繋がりが「墓所の位置と向き」にも現れていたようです。

ただ、私には基本になる約束事が分かりませんので、例の「三角形」と「一直線」とか「西側への傾き角度」などについて、その意味合いは分かりません。
単に何時ものホビーとして分度器を使いました。
1.「家光公の墓」と「二荒山の山頂」と「外山の山頂」が一直線上にある。
2.「外山神社?」と「大猷院の本殿」と結ぶ線が平行である。
3.「滝尾神社」と「?神社」と「?寺」を結ぶ線は上の線と直角である。
4.「大猷院の参道」と「東照宮の参道」は平行である。
5. この参道の方位は「真北から正確に10度、西に傾斜」している。
家康公の墓(宝塔)が先に出来たのだが、此の位置と方向には何か重要な意味が有る筈である。また家康公と・・・

1.「二荒山」との関係。
2.「慈眼堂」との関係。
3. 久能山の事もある様に江戸
  城に向いているのか。
4.何故直角三角形か。

・・・以上が謎の謎です・・・



光公の墓は明らかに「外山」と「二荒山」を意識して造っている。

1.何故「外山」か。
2.「慈眼堂」との係り合い。
3.何故、墓を本殿脇にした
 か。
4.何故直角三角形か。

・・・以上が謎の謎です・・・
下の地図は「東照宮」・「大猷院」の拡大図です(gooの地図を戴きました)。
色々と線が入り乱れていますが、私には解明は出来ません。
ただ分かったことは家康さんと家光さんは「二荒山」「慈眼堂」「直角三角形」で結ばれている事は確かです。
有難う御座居ました 以上です
     2003/06/11